DNAのある所


北海道での独り言
by tedtoyama
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自己紹介
男 
1996年から11年在住した米国シリコンバレーを後にして、2006年9月から北海道に移住。
パートナー2人と共に新しい生活を始める。
生まれて初めての北海道。
期待いっぱいで突進だ。
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道路が語るベイエリア

2005年の今年はどんな変化があるのだろう?まさかフリーウェイ85号線の渋滞が緩和されることは…まず無いだろうなあ。

サウスベイエリアに住んで9年目に入った。いわゆるシリコンバレーと呼ばれる地域に居を移したころ、前述の85号線は、地図上では、工事中およびフリーウェイになりかけ、の表示だった。当時すでに高速道路として開通してはいたが、その後2年もしないうちに現況のような有様になってしまった。ただ、現在も変わらぬ大渋滞は、ドットコム経済崩壊後も堅調な企業は増加し、人の流れや絶対数が変わっていない、ということであろうか。

ちょっと算数をしてみた。
年間どのくらいの距離を運転しているかは、日本に居たころからよくチェックしていたので試しに整理してみると面白い数字になった。
日本 運転歴16年 年間約15,000km走行 合計約240,000km
米国 運転歴 8年 最初の3年 年間約28,000マイル、次の2年 年間約
   18,000マイル、最近3年 年間約22,000マイル
   合計約186,000マイル≒297,600km
日本の半分の期間で、走行距離ではすでに24%も上回っていた。移動手段のほとんどが車であるということ、利用した道路の90%以上がフリーウェイであることなどの理由からであろう。いつの間にかずいぶん走っていたものだ。

ここ数年、ゴールデンゲートブリッジの通行料金が変わったこと以外、相変わらずのフリーウェイと思っていたが、よくよく観察してみると他の一般道も含めて少し変化が見られる。
① フリーウェイ沿いの看板広告(スポンサー)の変化
② フリーウェイ出入り口名が数字になってきている
③ 大型LED掲示板が増え、かつ見やすくなった
④ 交差点などの信号がLEDに変わった
などなど。
最近ではIT関連、20年前はコンピューター関係と呼ばれていた業界に長年携っていた経緯からか、最初にシリコンバレーを訪れた際の驚きと興奮は未だに忘れていない。至る所にあるわ、あるわ!日本で見、手にした最先端の製品や技術を生み出した会社、その本社が。あれから8年経った。当時、高速道路脇の広告看板に最新のMPUスペックやメモリ、HDの容量が誇らしげに掲げられていたのが懐かしい。今その看板はオークランド・アスレチックスとファーストフードチェーン店のそれなどに変わっている。(ただしiPod広告は昨年あたりから健闘しているが)半導体の集積度合いは現在もムーアの法則に沿って進化を続けているようだが、それを生み出す産業の、一地域への急激な集積には限界があったようだ。毎晩のように催された、投資家集めのための新技術・新企画発表パーティーのおかげで、現実と虚の区別がつかなくなっていた時代は終わった。一度熱からさめたこの地は、今度は堅調な進化を遂げるべく再編が急速にしかも静かに進んでいるような印象を受ける。

カリフォルニアがそうなっていない唯一最後の州?と聞いてはいたが、フリーウェイの出入り口名を数字にすることが2002年に決定した。オレゴン州やワシントン州を訪れるたびに、違和感とまでは行かないまでも気になっていた高速道路の出入り口名。実はカリフォルニアが特別だったわけだ。南北の路線を中心に、すでにかなり数字になって来ている。三千万ドルをかけて、州内92の高速道路の5,800の出入り口を対象に、23,000箇所のサインを新調しているようだ。exit名には、その街や都市に持つような愛着があったので少し残念ではある。

ベイエリアの道路脇や街並みを飾る電光掲示板について。数が増えた上に格段に見やすくなって来ている。眩しいほどの日差しを受けても、逆光であっても、はっきり見ることができる。LED(Light Emitting Diode:発光ダイオード)のおかげである。もう少し詳しく説明すると、高輝度青色LEDのおかげである。光の3原色である赤・緑のLEDはあったが、青が無かった。その青ができたおかげで、白色ができ、各色が高輝度になり太陽光にも負けない日中電光掲示が可能になったわけである。これらLEDは信号機にも採用されていて、ベイエリアではもう少しですべての信号がLEDに置き換わるようだ。

2003年から2004年にかけては、880号線のブローコウ<->モンタギュー間が3車線になり、101号線のコヨーテクリーク近辺がなんと2車線から4車線になった。これらの区間は私が知っている限り常に渋滞していた箇所であり、今やそれがほとんど無くなってしまった。現在は101号線と85号線のマウンテンビュー・ジャンクション拡張工事とノーマン・ミネタ・サンノゼ国際空港南側の880号線拡張工事が急ピッチだ。空港西側の87号線、通称ガダルーペ通りも昨年改修工事を終えエクスプレス・ウェイから信号の無いハイウェイになった。

まだまだ問題を多く抱えている地域ではある。しかしながらこうやって改めてある角度からベイエリアを眺めてみると、技術の進歩や経済の動きがよく見え、その時々での変化に柔軟に対応し、かつ緩やかではあるが前進を続けている様子が理解できる。
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by tedtoyama | 2005-04-01 12:14 | インフラ
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