DNAのある所


北海道での独り言
by tedtoyama
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自己紹介
男 
1996年から11年在住した米国シリコンバレーを後にして、2006年9月から北海道に移住。
パートナー2人と共に新しい生活を始める。
生まれて初めての北海道。
期待いっぱいで突進だ。
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キリンベッドとロリエスピーカー

大昔話をおひとつ。
25年も前の学生時代にまで遡ります。
なぁーんかいつも貧乏だった。たくさんバイトしたし、その収入たるやサラリーマン時代の手取りをはるかに超えていたのにもかかわらず、である。
バイトの種類も4人家族の両手両足の指の数を2倍しても足りないくらいやった。
今もあんまり自分の生活については得意じゃないけど、とにかく金勘定が下手というかできないというか。
10万円手にしたら、おぉー!1万で10回飲める、としか思わなかったなあ。
3週間、人足集めるバイト頭やったときも日当1万円だったのに、終わってみたら手元に8千円が残ってただけだった。
いしいひさいち氏の「バイトくん」の世代で、そのまんまだった。
飲む・打つ・買うのうち、打つっていってもパチンコかマージャンでたいしたことなかったし、買わなかったし、結局飲んじまったのかなあ?
バイトにしても常に生活を満たしているわけでもなかった。たまには学校行ったし、労働意欲ゼロの日々も結構あった。
あんな昔でさえ月に30万、40万とバイトしていても、気が付けば千円、二千円の生活してたので、バイトしないと半日で極貧になっていた。
普段の生活は今考えると驚くほど質素だった。
生活用品や家具、洋服などには決してお金使わなかったし、旅行や高価なものを買うといったことや、まして貯蓄などという発想は皆無だった。
布団は実家から送ってもらったものを使用していたがベッドは自作した。
キリンベッド。
近所の酒屋に深夜忍び、ビールケースをかっぱらってきて部屋に敷き詰めた。
その上に布団を敷くわけですね。夏は通気性に富みすこぶる快適であった。
友人たちに広がっていったが、あるとき酒屋に見つかりケース調達を断念せざるを得なくなった。
その時の友人(今歯医者をしてるが)は逆境にもめげず、廃品回収ベッドを作った。
新聞紙を束ね部屋にちりばめた。その上に工事現場からかっぱらってきたベニヤ板を置き布団を敷いて寝ていた。
新製品の試供品を一軒一軒配って歩くバイトをした。切羽詰ってたし財政再建のためノーチョイスだった。
業者が部屋においていったのは生理用品の試供品だった。
とてもとても恥ずかしかった。でも心を鬼にして配りまくりましたね。
部屋に残ったダンボールの山を見ながら友人と飲んでたらちょっと発想した。
この縦長のサイズはスピーカーボックスだ!(ちがうって)
箱をくり抜いて、どっかに捨ててあったスピーカーを取り付けた。
誠に情けないスピーカーボックスを、それでも半年くらい使ってたな。
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by tedtoyama | 2005-05-03 13:26 | 記憶
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