DNAのある所


北海道での独り言
by tedtoyama
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自己紹介
男 
1996年から11年在住した米国シリコンバレーを後にして、2006年9月から北海道に移住。
パートナー2人と共に新しい生活を始める。
生まれて初めての北海道。
期待いっぱいで突進だ。
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意外と訳がわからないことに

いきなり鉄砲向けられて、手錠ですよ!
ポリス・カーは4台もいるし。
アパートの駐車場の中だし。

昨日はリバモアのワイナリー巡りをしてから、Aliceちゃんの家で焼き鳥大会をしました。
日本から来ているAliceちゃんのおじさんやおばさんと一緒に、楽しいひと時を過ごしました。
11時前には戻りたかったので、午後10時に家路に着きました。
そしてアパートに戻ったら、、、冒頭のような結果になった訳です。
駐車スペースを探していたら、なにやら後ろが騒がしい。
「なんだ、なんだ?」
と車を止めて降りてみたら、ビックリ!
ポリスカーがいっぱいいるわ、腰を落として鉄砲向けている警官はいるわでした。
「なんですか?なんかあったですか?」
「ひざをついて、手を後ろに!」
「はぁ?」
「ひざをつけ!ふせろ!手を後ろへ回せ!」
言われたとおりにしましたが「???」
と、いきなり手錠をかけられました。
「ファイトしてたな?」
「はあ?誰と、いつですか?してません」
「あまりにもゆっくりと車を運転していたね?」
「はい、駐車場に入る時、前の車がゆっくりだったもので」
問答の間、財布ごとIDを取られました。
いったん警官がポリスカーに戻ってから、しばらくして手錠をかけられたまま
血中アルコール濃度チェックをさせられました。
数値は見せられず、バランスチェックなど身体機能検査も無く、黙秘権の有無も聞かれず、
採血チェックの意思確認もされず、何にもされないまま後ろ手錠で逮捕されました。

後はお決まりのコースでしたね。
二日前に修ちゃんと軽口を言い合いながら通り過ぎたビル「サンタクララ・カウンティ・ジェイル」
の裏口から雑居房に入れられました。
ほとんど不当逮捕に近い形で手錠をかけられました。
ただし、飲酒の事実やBAC(血中アルコール濃度)は確実に0.08%を上回っているはずです。
2度目のDUIということへの不安と、不当逮捕のような形への憤りが同時にありました。
雑居房は電話が3つあり、コレクトコールで修ちゃんに電話をしました。
ここからすぐ出るためには、私の場合$2,500と書かれていた「保釈金」を支払う必要がありました。
夜中の12時を回っているし、米国に着たばかりの彼女に対応をお願いすることは無理があります。
でも、人間は弱いですね。
ついついお願い口調になってしまいます。
そして、だんだん現状を把握してくると、今度は(まあどーでもいいや!)という気持ちと、こんな風に無理やり連れて来やがって、もう日本に帰るわい、という気持ちにもなりました。
2度目だし、雑居房などへの不安はありませんでした。
ただ、出所できるのはずいぶんと先か、保釈金が必要なんだろうなあ、などと思いました。
夜中の3時を過ぎると雑居房は人で膨れ上がり、とうとう囚人として収監されている人たちの
居る、電話の無い奥の部屋に移されました。
出口から遠のいていくなあ、と思いつつ、半袖だった身を丸くして寒さに耐えていました。
(情けねぇー!)
しばらくして書類の山を手にした警官がやってきました。
裁判所に出頭する書面にサインしてね、と、22人で賑わっていた囚人部屋でサインさせられました。
誰かが時間を聞きました。
「午前5時を回ったところです」
するとまた誰かが「収監は5時間から8時間だよなあ」
私は午前12時10分に入ったので、それからいくともうすぐのはずなのですが、
なにぶん2度目ということになっているようだから、無いだろうな、とあきらめていました。

また、しばらく時間が過ぎました。
そして警官がやってきて5人の名前を呼びました。
入ってきた順番も、怪しさや酔っ払い度もばらばらの人選でしたが、その中に私の名前がありました。
期待半分と、もっと悪い状況になるなあという不安が半分でした。

で、結果は午前6時半、釈放。

Tシャツの上に半袖のポロシャツの身には、とても寒い朝でした。
返してもらったのはベルトと$1.25の小銭???
財布は?携帯電話は?鍵は?

寒い朝、身を丸めるようにしてノースファーストを日本人町の方に歩きました。
アメ食レストランから電話して釈放されたことを連絡しました。
修ちゃんはお友達のクリスちゃんに連絡を取ってくれ、だんな様と一緒に3人で
迎えに来てくれました。

水とタバコとガムとジャケットとトレーナーを持ってきてくれました。
ありがとう、いきなりですが心配かけました。

しかし、これからどーなるんでしょうねえ?
ほっとけば2度目のDUIということで、2年間の免許取り消しだしなあ。
やっぱり弁護士探して、かなりの強引な逮捕という線で多少の罪の軽減を勝ち取ることになるのかなあ。
それでも今度はかなり長い期間のスクール通いや、前回無かった奉仕作業、高い罰金および弁護士費用および保険代、、、になるんだろうなあ。
免許取り消し、または免許停止期間はどのくらいかねえ?
その間のIDの発行や、制限つき免許の入手は可能なのかねえ?

やれることはできるだけやるけど、面倒だなあ。
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by tedtoyama | 2006-02-20 08:26 | 日記
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