自己紹介
男 1996年から11年在住した米国シリコンバレーを後にして、2006年9月から北海道に移住。 パートナー2人と共に新しい生活を始める。 生まれて初めての北海道。 期待いっぱいで突進だ。 カテゴリ
以前の記事
2006年 12月
2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 お気に入りブログ
最新のコメント
最新のトラックバック
ライフログ
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
ドラマはTBSということで、ほとんどCX(フジテレビ)から遠ざかっていました。
修ちゃんの説明を受けてからではありますが、たしかにドラマとしての完成度は 格段に異なっている。 フジは、シリアスで内容のあるストーリーでもエンタメ・ミーハーになっちまうんだよなぁ。 でも「弁護士のくず」おわっちゃったし、多少いらいらしながらも「医龍」のDVDを見終えました。 第二クールは面白そうな番組がなさそうだねぇ。 ところで、 最近二人のコラボで食卓を飾ることが多くなってきました。 昨日はシューマイ、今日は餃子を作って食べました。 修ちゃんが海老をすり身にして「しんじょう揚げ」「海老ボール」を作ってくれたのがきっかけでした。 海老シューマイ、オリジナル餃子を作ろう、ということになりましたね。 今日は水や冷凍海老、豆乳などをコスコで、キムチと冷凍うなぎ蒲焼と麦茶をハンコックマーケットで買って来ました。 コスコでホットドックを食べちゃった(私一人です)んだけれど、ランチは山菜アサリそばを作って食べました。 お留守番していたコンちゃんの散歩の後二人でプールに行きました。 修ちゃんは豆乳飲みながらゆったり読書。 私は読書の後軽く泳ぎました。 夕方4時過ぎになり、部屋に戻って餃子作成にとりかかりました。 ワンタンとシューマイの皮があったので、シューマイの方で餃子にしていきました。 蒸餃子と、日本式な蒸し焼き餃子。 美味しかった! 昨日の海老シューマイに続き大成功でした。 何より二人でキッチンに立つのがいい。 さて、明日のメニューはどうしようか? 眠くて眠くて。
春眠暁を覚えずとはよく言ったものです。 お泊りから帰ったコンちゃんは、何故か午前7時前に起きてくれます(苦笑) 多分病院が朝7時から夜7時までなので、午前7時前に職員が出勤して来て起きちゃったのでしょう。 今朝も6時45分にぺろぺろされました。 後10分、5分、と抵抗してましたが、結局負け。 7時前にお散歩に行きました。 その後、二度寝をしました。 9時前に空腹で起き、簡単な朝食を食べてまた寝ました(笑) どっかドライブにでも行こうか?と話していたんですが、11時ころまでぐだぐだしていたので なんとなくこの感じで一日中ぐずぐずしていよう(笑)と言うことに決めました。 郵便局に行き、ミツワで買い物をしてからコンちゃんのお昼の散歩をしました。 部屋に戻る前に郵便をチェックしました。 あれ?これはどこからの手紙かな?と開けて見たら、!!! 3月20日に採血して検査機関に送った、コンちゃんの狂犬病抗体値検査結果でした。 採血から4-6週間後に結果が出ると言われていたので少し驚きながら、でも、恐る恐る開封してみると、 検査結果 ≧ 3.46IU/ml !!! 0.5IU/ml以上であればOKです。 つまり、思いっきりOK!パス!合格でした。 よくやったコンちゃん! 勤め人をしていないので、日ごろコンちゃんに接することが出来る時間は多いと思っていた。
だから、、、何なんでしょうね? 言い訳しながら、それでも二人でサンタモニカに来ました。 ものすごく楽しめています。 もっとも私は仕事ですが(笑) 夕方修ちゃんと合流し、桟橋を歩いていたら、 「わん!わん!」って、 どこか家の庭でワンちゃんが鳴きました。 コンちゃんそっくりな声でした。 うーむ! なかなか割り切れないなあ。 サンタモニカは例年より涼しい3月末ではありますが、やっぱりいいところだねえ。 修ちゃんも気に入ってくれたようです。 初日の仕事を終え近くのホテルに戻ると、修ちゃんが近辺を案内する!?と言ってくれました。 ほー!ほー!と一緒に出かけ、桟橋を散歩してからチリ・ドッグとビール。 その後は少し早めの夕食です。 彼女は巨大海老(ロブスター)で、私はWagyu Kobe 8ozでした。 いずれも美味。 スパークリング・ワインと赤で堪能しました。 帰り道のグローサリーでスナックと赤ワインとブランデーとカップラーメン(笑)買って きました。 あれっ? 修ちゃん、もう寝ちゃったよ。 ちぇっ! それでは今日の仕事のまとめでも。。。 午前11時13分着予定のUA838便は、予定より5分送れて到着しました。
前回はSFO上空を旋回したりして1時間以上も到着を待ちましたが、今回はすんなり 着いたようです。 昨日まで、ベッドの位置を変えたり、掃除機をかけたり、お洗濯したり、何やら落ち着かないと言うかなんいというか。 そんな日を過ごした後、今日はすっきりと目が覚めました。 最近起きると同時にお腹が空いているなあ。 気がついたら、いつもの修ちゃんの寝位置で寝てました。 コンちゃんは私の枕でリラックスしている模様。 お友達から昨夜メールを貰いました。 先日修ちゃんとランチしていたときに、米国での滞在は私達の家だと言えばいいのでは? 米国人と結婚されてご子息達とともにシリコンバレーに住む彼女は、修ちゃんの滞在を より明確にするべく、そんな申し出をしてくれていました。 彼女は昨夜、私が空港にいた方が、何かあった場合いいのでは、と言ってくれて、今朝空港まで来てくれました。 ありがとう。 本当に嬉しかった。 心配性の日本人は、やっぱり小心に修ちゃんを待っていようと心に決めていたので、 とっても心強かった。 で、彼女は到着から30分でささっと現れました。 お友達の顔を見て思わず「うるうる」してました。 煙草吸うベー!コンちゃんの顔見るベー!(笑) 修ちゃんは、とっても元気に帰ってきました。 お帰りなさい。 お疲れ様。 まあこの出汁巻き卵と明太子おにぎり食べなさいよ。
午前10時過ぎ、少し早めに家を出ました。
午後1時22分のフライト(実際は1時45分に飛び立った)なので、1時間半は余裕がある。 フリーウェイ101を空港に向かう途中、コンちゃんは修ちゃんから離れようとしませんでした。 一週間後の入国審査に不安を感じながらも、彼女は「一週間だからね、すぐ帰ってくるからね」って言い聞かせていました。 今朝はコンちゃんの散歩の後、8時半に準備を始めました。 おにぎりが大好きな修ちゃんは、少し小さめに握った梅干と鮭のおにぎりを「おいしい、おいしい」って食べてくれました。 23日にはおにぎり持って迎えに行くからね。 チェックインを済ませたとたん空腹を覚えた私は、フードコートを一回りした挙句、ベーコンチーズバーガー/W フレンチフライを食べることにしました。 修ちゃんは、飲まなきゃやってらんねぇよ!(笑)って、ワインを手にしてました。 今回の一時帰国は本当に気が進まんねえ。 モチベーション無いねえ。 めんどくさいし、嫌だねえ。 家族がいないとして、私だったらどうしたか? 多分お金や時間を使って一時帰国はしないでしょう。 今はブログでプライベートを公開していたり、個人情報がかなり公表されていたり、将来のことなんか考えちゃったりするので現実にはそんな選択はしないと思いますが。 昔は良かったよなあ。 24年前初めての海外であったアメリカのシアトルに来たとき、最初は3ヶ月いて一旦日本に戻りましたが、やはり一週間後に再渡米してそのまま1年3ヶ月シアトルに住んでました。 当時はビザウェーバーは無くて、3ヶ月の観光ビザだったように記憶しています。 新聞配達やったり、シアトルのインターナショナル・ディストリクトにあった日本料理店「かよ」でキッチンヘルパーやったりしてました。 そこでグリーンカードのサポートを受けることが決まった矢先、当時のカリフォルニア州で日本人2000人が強制送還されると言うことがありました。 日本食がブームになり始め、学生やら何やらが働き始めちゃったからです。 オレゴン、ワシントン州と、摘発の手が広がる可能性大だな、ということで、すでに一年以上もオーバーステイしていた身ではありますが一旦日本に戻りました。 その後、そのまま日本でIT関連企業に勤めたのですが、オーバーステイしていたのにもかかわらず、帰国した翌年に休暇でシアトルに来たとき何も問題無かった。 昔はいろいろゆるかったですね。 今はこんな綱渡りをする必要もないし修ちゃんにもさせられない。 今回の帰国も、また漫画描きませんか、って言ってくれる某社の編集の方と打ち合わせもできるし、まるっきり意味が無いわけではないのでがんばろうね。 コンちゃんとひっそり帰宅したら弁護士からメールがあり、コンちゃんの病院から電話があった。 DMVのヒアリングは4月13日午後1時に延期になった、これで時間ができたので、来週はじっくり戦略を練ることができる、といったものだった。 うーむ! 病院からは20日午後4時のアポが無理になったので、日時を変えて、というものだった。 同じ日の午後2時半に変更しました。 採血と検査機関への血清の送付をするので、いたずらに日にちを先送りしたくない。 3月20日に採血してもらえれば、検査結果が日本の要求する基準を満たしていると仮定して、 9月16日以降にはコンちゃんを連れて日本に行くことが可能になる。 日本に住むということがコンちゃんにとって幸せかは分からない。 でも3人で生活するということが、それぞれにとって今は一番だと想う気持ちには変わりはい。 コンちゃんに聞いたわけではないけどね(笑) 15年前、湾岸戦争直後にアメリカ出張したことがありました。
当時は日本の企業に勤めていて、出張ベースで米国、カナダなどを訪れていた頃です。 シアトル経由でボストン、トロントを回り、サンフランシスコから日本に帰国するといった、約1ヶ月の旅でした。 東海岸での仕事を終え、5日間の予定でサンフランシスコのホテルにチェックインした夜に電話がありました。 24年前シアトルで知り合った台湾出身の友人のお姉さん夫婦からでした。 もちろん私達は面識がありません。 そのお姉さん曰く、「私の妹から連絡があり、あなたがサンフランシスコに来ていることを知りました。あなたは私の妹の大切な友人なので、私達にとっても家族のような存在です。出張とはいえホテルに宿泊することはない。フリーモントの私たちの家に泊まり、車も使ってください。一緒に食事をしましょう」 でした。 びっくりしたのですが、思わずありがとうございます、と答えたら、翌朝フリーモントから迎えに来てくれました。 その後親しくお付き合いさせていただいていますが、当時は戸惑いました。 台湾の人は(おそらく中国の人は)なんという付き合い方をするのだろう、って。 私の親友である妹さんは、今は家族で韓国に居ます。 日本の横田ベースにいたときはよく会いに行きましたが、旦那さんの実家のハワイに行ってからは年に1回未満、その後は2-3年に一回会うか会わないかです。 それでもこんな付き合い方が続いています。 肉親以上の感じだなあ!って思っています。 今日はお友達の「まあちゃん」のお宅でホームパーティーを楽しませていただきました。 コンちゃんも一緒に行ったのですが、何故かすごく興奮してしまい、一時間おきに散歩に行くとき以外は、車の中に居てもらうしかありませんでした。 パーティーは初めてお目にかかる方もいて、とても楽しい時間になりました。 最近起こった私のプライベートの事件や、私と修ちゃん、コンりーのことを心配してくれたり 励ましてくれたりと、少し、楽しい所から離れがちな会話もありましたが、皆さん本当にありがとうございました。 もうじき日本に帰国されるお医者様一家、ベイエリアを駆け足で飲み歩いているエンジニア、ハワイで刺青入れてるちょっと目の離せないおやじ、柔らか戦車なSFお嬢、太極拳のイケメン・マスターと餃子100個の博士、そしてホストのウルトラマンのママとBMWのパパ。 今日は麻雀できなかったけれど、来月はぜひやろうね! 最近ちょっとてんぱりつつあった私達は、こんな温かな皆さんと一緒の時間を過ごせてうれしかった。 今、修ちゃんとコンちゃんはベッドでぐっすり眠っています。 私は塩鮭の仕込をしてから寝ます。 ありがとう。 二人同時にダウンでなくてよかった。
コンちゃんのお散歩が出来なくなってしまうからね。 でも、私が回復したと思ったら、気疲れなどもあるのでしょう、 パートナーが腰痛になってしまった。本来なら暖かくして静養しているところなんだけれど、 夕方からお友達とのお茶(おビール?)に出かけていった。 出かける前に部屋を掃除機できれいにまでしていくとは(驚) 彼女を送った後、溜まっていた(最近すぐ溜まるなあ!)洗濯をして 少し昼寝をした。 起きてから仕事机の周りを整理整頓して、コンちゃんのお散歩に出かけた。 途中、ズボンなどをアパート内にあるドライクリーニング・サービスに出す。 部屋に帰るエレベーターで、2Fから乗ってきた住人の後を付いて 3Fから1Fまで勝手に降りて行ってしまったコンちゃんをしかる。 しゅんとしたコンちゃんを連れて部屋に戻り、一杯やり始めた。 パートナーが帰ってきたらDVDでも見ようか。 いろいろやっているようで、何故か静かな静かな午後でした。 お帰りなさい。しかし遅れたよねえ。 朝迎に出かけるときチェックしたら午前10時59分到着の予定だった。 コンちゃんと空港に行き10時50分から待っていたら、11時40分到着予定に変わった。 悪天候に加えクリスマスシーズンの日曜日で混雑した空港は大騒ぎでした。 結局12時50分過ぎにパートナーと再会できました。 今年後半でかなり頻繁に日米を往復しているので、イミグレでのチェックも少し心配だったのですが、彼女いわく、入国自体は何の問題も無かったらしいです。 4週間ぶりで会ったコンちゃんは、それはもう大騒ぎでした。 沢山の荷物を積み込んで早くうちに帰りたかったのですが、コンちゃんのNo1,2の時間をかなり過ぎていているのでSFOの駐車場で、わずかな植え込み周辺を見つけて散歩しました。 昨晩からの嵐の中での再開でした。 思ったより元気そうだったけれど、早く帰ってゆっくり休んでね。 あとわずかな今年一杯はゆっくりして、来年からいろいろ動いて行きましょう。 彼女と再会以外で最大の興味は、日本のTVを実際にパソコンで見ることです。ソニーのロケーション・フリーTV、ちゃんと動くのかなあ。。。 早速ラップトップを立ち上げてみました。 やっとります! 見えてます。在京TVチャンネル全部。 ビット落ちもほとんど無く画面、音声共に十分です。 嬉しいことです。 今もテレ朝の番組を見ながら更新しています。 良い時代になってきたものだ。 年末はリアルタイムで日本のTVチャンネル見放題です。 TVの音声をBGMに、コンちゃんとパートナーはベッドでぐっすりしています。 沢山の本やDVD,CDなどに囲まれて幸せです。 クリスマスまでは親子三人でゆっくりします。 11月20日からちょうど4週間経ちました。明日の午前中にパートナーが日本から帰ってきます。 この間、夕食は一度も外食しませんでした。 仕事以外の時間は、できるだけコンリー中心の生活をしたかったからです。 彼がいてくれて本当に良かった。 二度ほど体調を崩しかけた時、ベッドに横たわって「いてぇよぉー!」ってお腹さすっていたら、コンちゃんが横に来てくれてくっついて寝てくれました。 心配そうに顔をうかがいながらも、彼の体でお腹をあっためてくれた。 ありがとう、コンちゃん。 それにしても不気味なくらい静かな日々だったねぇ。 コンちゃんとの会話は、徐々に成り立ってきているようですが、基本的にお互い寡黙な方だし。 もっともパートナーと3人の生活もそんなに賑やかではないです。 食事中や飲みながらの会話、気になることをとことん話し合っている時、ぐずって(笑)いるのを、がまって(爆)いる時以外は静かなものです。 お互いの時間を大事にして、本を読んだりパソコンに向かったり、イラストロジック(笑)やったりと、ゆるゆるしているので。 コンちゃんはそんな二人のどちらかの側で、幸せそうにのんびりしているといった構図です。 それでも父子の日々は静かすぎた。 はげじじい:「あのヒトがいないと、つまらんねぇ」 コンリー:「ママのことかね?そーだねぇ、あのぐずりには勝てそうもないけど、いないとやっぱりつまらんねぇ」 コンちゃん、あんた、だいぶ修ちゃんのことが分かってきたようだね。 明日は二人で迎に行こうね。 父子の会話でした(笑)
パートナーは写真展開催のために今日の午後、日本へSFOから飛び立ちました。
4週間の日本滞在です。 再渡米は12月18日の予定になりました。 しかし、航空券の予定変更って、なんで日本はあんなにややこしいですかね? お金もかかるし。 パートナーと最初に出会った7月、日本への帰国予定便を無視して翌日乗せてーってSFOのカウンターでお願いしたら、「よござんす」とすんなり追加料金など無く乗れました。 日本だと「あーだ、こーだ、金よこせ」ってなるようです。 次回の渡米用に12月8日成田発SFOの格安航空券を「歩き方ドットコム」で購入しました。 その後パートナーの希望もあって写真展が終了する12月16日以降に再渡米することに決めました。 変更を日本の「歩き方ドットコム」またはUAにリクエストすると、できるだの、できないだの言われたり、何万円も追加料金を払うことになるようです。 チケットレスですがすでに発券(購入)済みなので、まあ物は試しにと今日チェックインの際についでに次のフライトスケジュールを確認し、日程変更をリクエストしたら、またまた「はいよ」って何事も無く変更できましたね。 息子のコンリーは、ここ2~3日ママにやたらと寄り添っていたそうです。今朝は2人の間にサンドイッチになって密着睡眠だったし、空港に送っていく車の中ではがっくり頭をうな垂れていたし、なんだか見てられませんでした。 私が出張中だった時みたいに、下痢にならなければいいのだが。。。 「ママは大事なお仕事で海外出張なんだから笑顔で送りなさいよ」って言っても何だか覇気が無くてねえ。 帰宅したらしたで私の仕事が来月頭まで超多忙になるので、あまりかまってあげられないしなあ。 とにかく甘えん坊の息子はとっても愛しいので、気になって気になって集中力が半減してしまいます。 「あんた、パパが仕事できないとミルク代出ないだよ!」って言い聞かせても、すぴーすぴーってよって来るし。 さあ、これから4週間、男二人でやってくだよ。 とりあえずお散歩行こうか! < 前のページ次のページ >
|