自己紹介
男 1996年から11年在住した米国シリコンバレーを後にして、2006年9月から北海道に移住。 パートナー2人と共に新しい生活を始める。 生まれて初めての北海道。 期待いっぱいで突進だ。 カテゴリ
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昔学生だったころ、新潟発上野行き特急「とき」に乗り込んだときのことだった。
雪深い新潟でも豪雪地帯と呼ばれる町からの乗客と一緒になったことがある。 「冬場は自衛隊が物資を運んでくれなければ立ち行かないときがよくあります」 そのヒトは語った。 25年以上前のことだ。 そのヒトと話をして妙に同感したことがあった。 「今は町のスーパーに買い物に行っても、キュウリの匂い、イチゴの香り、野菜の存在感が感じられなくなっています」 うんうん。 同感です。生鮮食料品売り場に行ってもそのもの自体の癖が感じられない。 いつの間にか気がつかなくなっていたけれど、私もそう思います。 それからしばらくしてから、漫画「美味しんぼ」を読んでいたらビックらこいたことがあった。 はっきりとは覚えていないが、昔と今では、例えば野菜の「ほうれん草」一つとってもその定義?が違っているらしい。 栄養分の含有率のことだった。 第二次世界大戦前後には、例えばある栄養素やミネラルが10mg以上あれば、それを「ほうれん草」と認める?としていたが、今では3mg以上でOKねとかね。 自国の農産物の品質を低めてなおかつ、戦後間もないころは米国の農産物を強制的に受け入れさせられていたなんてなぁ。 食料援助とか言っていたらしいですが、余剰農産物処理という本音もあったらしいですね。 PL480号(法)。 「日に一度欠かさぬパンを母の愛」てなキャンペーンだったらしい。 どーりで私の小学校の給食は、パンとスキムミルクだったねえ。 米食は経験が無く、いいとこソフト麺だったなあ。鯨肉もまだあったし。 うーむ!? 10年以上前にカリフォルニアに住み始めたとき、スパーマーケットに行って驚いた記憶があります。 「あっ!野菜の、、、果物の、、香りがする」って。 でも今は特定のお店以外は無くなってしまいましたね。 修ちゃんも私も大根おろしが好きです。 その辺のマーケットで買ってきた大根をおろして食べると、「辛くて美味しい」と彼女は言います。 東京では、少し高価な「辛味大根?」を買ってもこんなじゃないらしい。 でも私の経験からだと、これももう何年かすると無くなるだろうなあ。 先週はミツワで安売りのネギを二束買って薬味などに使いました。 根を取って洗い、2時間ほど自然乾燥させて刻みネギにしておけば一週間以上は持つからねえ。 確かに最後まで使い切りましたが、2-3日したら鮮やかな青色が薄れていくのですね。 いつものことでしたが気になりました。 最近はミツワ以外のマーケットで野菜を購入することが多いので、それと比較したわけです。 そっちは一週間経っても色が落ちない。 しかも刻んでいるときに、玉ねぎと同じくらい涙が出てくる。 ミツワのはそーではなかったな。 これもいつまで続くかなあ? < 前のページ次のページ >
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