DNAのある所


北海道での独り言
by tedtoyama
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自己紹介
男 
1996年から11年在住した米国シリコンバレーを後にして、2006年9月から北海道に移住。
パートナー2人と共に新しい生活を始める。
生まれて初めての北海道。
期待いっぱいで突進だ。
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カテゴリ:記憶( 3 )


何故か防弾チョッキ持ってたりして

今朝は6時前という中途半端な時間に目が覚めた。
日曜日で何も予定が無いのにである。
目を開けて体を起こす前に周りの様子が違うことに気が付いた。
あれ?ここどこだ?
めったに無いことだが、昼寝用のソファベッドで息絶えていた。
飲みながら旅に思いを巡らせていたので、無意識にいつもと違うところでとなっていたのだろう。
昨夜は家の中で小さな小さな旅をしたのだな。
隣の部屋のベッドを見つめてやれやれと一人で苦笑した。
これはかなり本格的に旅に出たくなって来ている様だ。

早朝のプールサイドに出てみてたらジイサン、バアサンが太極拳でゆらゆらしてた。
椅子に腰掛けてしばらくそれをぼーっと見ていた。
寝ぼけた頭はまだ旅の続きを夢見ているようだ。
昨日は未来へ飛んでいたが、今朝はどうやら過去をさまよっている。
第二次天安門事件直後に行った北京をうろうろした後、13年前の暮れも押し迫ったころの米国へと移っていた。
1ヶ月の長期出張の締めくくりに3日ほどシアトルに滞在していた。
トロント、ボストン、シカゴ、サンフランシスコを訪ね、帰国前に休養も兼ねて第2の故郷へ立ち寄った。
そこへ日本から連絡が入った。
「3日後の帰国早々で悪いけど、返す刀で年末年始2週間ほどイスラエルに行ってね。休み返上で」
なぁーにが返す刀だ!しかもイスラエルだと?
中小企業がそんなとこと何やろうというんだね?
当時は湾岸戦争直後で、現在と同じようにいろいろ中東はざわついていた。
過激派の過去も思い出し、かなり本気で身構えたのを記憶している。
こりゃぁ、へたすりゃ死に目だな。
そんなとこ怖いんじゃないの?
翌日、冗談とも本気ともつかない状態でシアトルのダウンタウンにある、軍事用品払い下げ店と郊外の警察グッズ・ショップへ行った。

b0049291_123116.jpg気が付いたら警察グッズ・ショップで防弾チョッキを買っていた。

そのときはまだ、防弾チョッキを荷物に入れた所持金5千円の半浮浪者になり
テルアビブへの乗り継ぎのオランダ、スキポール空港内で48時間を過ごす身になるとは誰も思ってはいなかった。
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by tedtoyama | 2005-05-30 12:04 | 記憶

キリンベッドとロリエスピーカー

大昔話をおひとつ。
25年も前の学生時代にまで遡ります。
なぁーんかいつも貧乏だった。たくさんバイトしたし、その収入たるやサラリーマン時代の手取りをはるかに超えていたのにもかかわらず、である。
バイトの種類も4人家族の両手両足の指の数を2倍しても足りないくらいやった。
今もあんまり自分の生活については得意じゃないけど、とにかく金勘定が下手というかできないというか。
10万円手にしたら、おぉー!1万で10回飲める、としか思わなかったなあ。
3週間、人足集めるバイト頭やったときも日当1万円だったのに、終わってみたら手元に8千円が残ってただけだった。
いしいひさいち氏の「バイトくん」の世代で、そのまんまだった。
飲む・打つ・買うのうち、打つっていってもパチンコかマージャンでたいしたことなかったし、買わなかったし、結局飲んじまったのかなあ?
バイトにしても常に生活を満たしているわけでもなかった。たまには学校行ったし、労働意欲ゼロの日々も結構あった。
あんな昔でさえ月に30万、40万とバイトしていても、気が付けば千円、二千円の生活してたので、バイトしないと半日で極貧になっていた。
普段の生活は今考えると驚くほど質素だった。
生活用品や家具、洋服などには決してお金使わなかったし、旅行や高価なものを買うといったことや、まして貯蓄などという発想は皆無だった。
布団は実家から送ってもらったものを使用していたがベッドは自作した。
キリンベッド。
近所の酒屋に深夜忍び、ビールケースをかっぱらってきて部屋に敷き詰めた。
その上に布団を敷くわけですね。夏は通気性に富みすこぶる快適であった。
友人たちに広がっていったが、あるとき酒屋に見つかりケース調達を断念せざるを得なくなった。
その時の友人(今歯医者をしてるが)は逆境にもめげず、廃品回収ベッドを作った。
新聞紙を束ね部屋にちりばめた。その上に工事現場からかっぱらってきたベニヤ板を置き布団を敷いて寝ていた。
新製品の試供品を一軒一軒配って歩くバイトをした。切羽詰ってたし財政再建のためノーチョイスだった。
業者が部屋においていったのは生理用品の試供品だった。
とてもとても恥ずかしかった。でも心を鬼にして配りまくりましたね。
部屋に残ったダンボールの山を見ながら友人と飲んでたらちょっと発想した。
この縦長のサイズはスピーカーボックスだ!(ちがうって)
箱をくり抜いて、どっかに捨ててあったスピーカーを取り付けた。
誠に情けないスピーカーボックスを、それでも半年くらい使ってたな。
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by tedtoyama | 2005-05-03 13:26 | 記憶

娘18数えで19

はぁーっ、会津磐梯山は。。。。
飲んでたらちょっと昔の記憶がフラッシュバックしたので。
学生時代近ツーのバイトをした。(いいのかなあ、しゃべっちまって)
添乗員である。
朝晩の厳しい仕事でしたが、特典もいっぱいでしたね。
腕章一発鉄道乗り放題、電話かけ放題、女子高・人妻・ばあさんも。いた。
世間知らずの学生が、世間にまみれたおっさんにに最敬礼されてた時代の怖いお話です。
突っ走ったなあ!知らないところなど数々。
お客さんには私が初めてと思われてはいけませんからね。
そんな中バスで佐渡の女子高を福島、宮城にご案内したわけです。
「左に見えますのは、かの有名な会津磐梯山でございます!娘18かぞえで19、標高1819メートルでございます」
とやっていたことがあった。

夢でもし逢えたら?
素敵なことだね。
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by tedtoyama | 2005-05-02 14:45 | 記憶