DNAのある所


北海道での独り言
by tedtoyama
自己紹介
男 
1996年から11年在住した米国シリコンバレーを後にして、2006年9月から北海道に移住。
パートナー2人と共に新しい生活を始める。
生まれて初めての北海道。
期待いっぱいで突進だ。
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<   2005年 03月 ( 18 )   > この月の画像一覧


DUIぢごく その三

やっぱり深呼吸するわけですね、こういう場合。
留置場から開放されてから、その周囲を見渡しながら。
その後、ここは?と、にわかに現実に戻っていくのです。サンタクルーズ裁判所のすぐ近くで、周りには弁護士事務所や保険のブローカー事務所などが密集している場所だった。海岸までは数ブロックと近くモーテルなども多い場所だ。
ああー、ここかぁー、などと何となく安心しながら、さて、今やるべきことは?と速やかに現実モードに切り替えた。
①タバコを吸う ②水を飲む ③ 友人に電話する(当時ブログは米国でもマイナーで、ねぇ聞いて聞いて、手段が無かった) ④ 御不浄に行く ⑤ 車を取り返す ⑥ 帰って寝る ⑦ 起きてから今後を見つめ直す、ということになった。

こぼれ話に登場した、日本の某新聞社の友人に電話した。「今シャバに出てきました」「??」
「12時間ぶりの実社会です」「??」「実はこういう訳でした」「おおー!それは大変でしたな。大丈夫ですか?。。。」
2ブロック先のガススタンドの便所で、ちょろちょろと情けないおしっこした。
タクシーを拾いトーイングされた車を引き取りに行った。移動代、保管代で$195だった。
留置場経由で翌日の昼下がり帰りの我が身は、部屋に着くやベッドにばたと倒れ込み眠った。
結局翌日の朝まで寝入っていて、起きたときはとてつもない空腹状態だった。朝食を取りながら、昨日はやっぱり、やったよなぁ、現実だよなぁと手元のドキュメントの数々を眺めながらため息が出た。
気分転換に友人宅を訪れてみるか、と、例の某新聞社シリコンバレー支局長宅に向かった。
プリスクールに通っている4歳になる友人の次女が迎えてくれた。
満面の笑みを浮かべ「こんにちはー!Toyamaさーん!人生がけっぷちぃー!」
ちょっと言葉が出ませんでしたね。あは、あは、よたよたと出向かいに対応しました。
その夜は友人ご一家の励ましを含めた夕食会を堪能して、あたたかい愛に包まれぐっすり眠った。
あん時も泊まっていけば良かったと、このとき初めて後悔した。
翌日アパートに帰ってみると郵便が4通あった。いずれも弁護士事務所からの手紙だった。
「今は大変なお気持ちでしょう。今後のことはお任せください」「最近起こった出来事は、あなたの生活に大きな変化をもたらしたでしょう。分かります。ではご相談ください」「小耳に挟みましたが、大変でしたねぇ。これからが大事です。相談無料。今すぐ連絡を」などなど。
ちょっと切れましたね。どっから小耳に挟むんじゃぁー?何でそんな早く知ってるわけ?
あんた何もの?
事件から2日後ですよ。
しばしハァハァした後、でも、弁護士に相談、依頼は必要だよなぁ、と沈静化した。
ともかく情報を収集しなければ。ネットで情報検索しまくり、また、知人の弁護士(専門は違う)に聞いたりして集中学習した。
一挙に「やべー」、情報が目の前に溢れてきた。
やっぱりまずは弁護士に相談か、との結論から、その選択に入った。
地理的に近い人。安い。話してみて信頼が置けそう。などを条件に、電話や実際の訪問で決めた。
聞きたいことは山ほどある。当時はH1ビザで永住権申請中だったのでその影響も含めて質問魔になっていた。
(飲酒、免許、罪、罰、費用、今後しなければならないこと、など今回の問題について分かりやすく説明してくれるのだが、聞く方が米国人ではない自分の立場のためか、あれやこれや山のような質問をするものだから依頼した弁護士は少し閉口していたようだった。)
4年前私が依頼した交通関係専門の地域に密着した弁護士の費用は$1500であった。(私は無罪で、かつ、罪も認めないからどんどん裁判進めてね、といった場合の費用は別途です。)

DMV(日本で言うと運輸省交通局みたいなところ、免許証も管轄しているから警察の機能もあるね)と裁判所はそれぞれ単独に、しかしながら一部個人情報を共有しあって一人の飲酒運転事例を処理していった。

続く
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by tedtoyama | 2005-03-11 16:19 | 日記

DUIぢごく こぼれ話

さていよいよ飲酒運転による「逮捕」編から「償いの日々」編へと突入するわけですが、ちょっとコーヒーブレイクでも。
1. 驚くほど多い日本人の飲酒運転逮捕経験者

サンフランシスコ・ベイエリア、特にシリコンバレーを中心にした地域で、飲酒による逮捕歴のある日本人は驚くほど多い。
筆頭は駐在員、次に日本食のシェフ、学生、日本人永住者の順である。
この事実があまり知られていないのは、基本的に本人が告白しなければ誰も知らないからである。駐在員の多くは、会社はともかく家族にまで内緒にしている場合がある。私の場合サンタクルーズという小さな町であり日本人在住者が少なかったからか、一連の騒動が治まり無事通常の運転免許を手にするまでの長い期間とうとう日本人に出会わず仕舞いだったので、当時そんな事情だとは夢にも思わなかった。
しかし、真実は思わぬところから露見するものである。
一年ちょっと前にサニーベールの飲み屋でおねいさんと話をしていたときであった。私からこの体験談を振ると彼女も最近逮捕されたという。それも2度目である。そりゃー大変だったのう、と話が盛り上がってきたら仰け反った。
詳しくは後述するが、DUIで逮捕されたら「償い」の一環としてカウンセリングを受けたりお仲間でディスカスしたり本読んだりビデオ見て感想文書いたりなどのコースを、お金出して一定期間受けなければならない。
そして彼女のその30人のクラスは2人のメキシコ人と1人のアメリカ人以外すべて日本人だったという。あら、大きな会社の役員のAさん、おや、大きな会社の支店長のBさん、まあ、エンジニアで来たばかりのCさん、おっと、D寿司のEシェフも。。。知った顔だらけの日本人学級だったそうな。
みぃーんな名前教えてもらったもんね!
その後私が独自に追加調査を開始したところ、あまりにも多いので止めました。
日本人駐在員は立場もあるので秘匿しといた方がいいと思うけどバレちゃうんだねぇ!
当時私の体験談が日本の某新聞のコラムに載った。書いたのは当時シリコンバレーで特派員をしていた記者だったが社内外の反響が大きかったという。ある時その某新聞社の総務部長が近づいてきて、あの体験本当はお前じゃないの?とその記者に尋ねたという。
聞けばその総務部長も、その昔社費でノースカロライナに留学中捕まった経験があるという。今でも内緒の話だそうだが。

2. 他国の「罪と罰」状況(少し古い資料ですが参考までに)
DUIと見なされる血中アルコール濃度(何故か日本は曖昧ね)
多くのEU諸国:0.08%以上
オーストラリア、ギリシャ、アイスランド、オランダなど:0.05%以上
ブルガリア:0.03%以上

罰則(最高で)
ノルウェイ:1年の免停および禁固
トルコ:自宅から20マイル離れた場所まで連れて行かれ、その後徒歩で警官の監視の元帰宅する(ちょっと笑える)
フランス:最大で生涯免停、$16,000の罰金(ひぇー!)
ドイツ:最大で1年の禁固または罰金
オーストラリア:地元紙に名前入りで「私は飲酒運転して留置されました」と載せる。
マレーシア:飲酒運転者は留置場、当事者が結婚していたら配偶者も留置場。(うそぉー!)
ブルガリア:2度目で死刑(ほんとですかぁ!)
エルサルバドル:銃殺
怖いですね!!!
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by tedtoyama | 2005-03-11 12:01 | 日記

DUIぢごく その二

サンタクルーズのダウンタウンから数ブロック離れた場所の病院に到着した。
生まれて初めて掛けられた手錠で手首が痛い。すれ違う看護婦に愛想を振りまく状態で
はなくとぼとぼとポリスの後を付いていった。
通路の一部がポコっと、トイレの個室分だけへっこんだような場所に座らされた。
丸椅子があり右手側に天井から床までまっすぐにつながったステンレスの細い柱があった。
ポリスは手錠をはずしにかかった。(そりゃそうだよな。採血するだよな。)と思いきや、左手から外れた手錠は右手を施錠したままステンレスの柱につながれてしまった。(そうか、片手が自由になれば採血出来ますねぇ。徹底してるなぁ。)と妙に感心してしまった。
ただどういうわけか、後ろで両手に手錠が掛けられているときよりみっともないというか恥ずかしさが倍増した。
そのまましばらく放っておかれた。興奮しているせいか眠くない。喉の渇きも忘れていた。
急に斜め前のドアが開きポリスと一緒に看護婦が出てきた。ちょっとマジぃー?というくら
い美人であった。名残惜しくもあっという間に採血は終わり、また手錠がもとの状態になった。
再びポリスカーに乗せられ数ブロック離れた場所に連れて行かれた。
「サンタクルーズ・カウンティ・ジェイル」と書かれていた。(ジェイルかぁ、ブタ箱かぁ、しびれる)
入り口を入ってすぐ、銭湯の脱衣場のような場所で所持品と靴とズボンのベルトを接収された。
携帯電話を渡す際にちらりと時間を確認した。午前3時30分だった。体中触られてその他不審物がないかチェックを受けた。さっき山道で手錠を掛けられる前にも、車のトランクに両手をつき両足を広げた状態で後ろから同じチェックを受けたなぁ。テレビや映画で見る犯罪者とまったく同じ扱いだった。
目の前にある二重ドアの向こう側は、まだ見ぬ、決して憧れてはいませんが、未知の
世界その名も「りゅうちじょう」なんですね。置かれている状態をすっかり忘れ、知らない場所への興味で一瞬心がいっぱいになった。が、ドアが開いた次の瞬間正直びびった。
奥の薄暗い所から男の咆哮が聞こえた。「うぉー!うぉー!」入り口に近い部屋の奥からは複数の女のカナキリ声、その隣の部屋からは男のいびきとボソボソした話し声。
動物園の肉食獣セクションだ、と思いましたね。一瞬にして緊張した。こりゃー食われる
ぞ、と本気で感じてしまった。部屋に収監されるまでの数秒間、必死で全身に気合を入れ目に力を込めた。アンドレザジャイアントだろうがウィリーウイリアムスだろうがジェイソンだろうが怖かぁねえぞ、と全身をはったりの塊にして入室した。(若い人は誰だかわかんないでしょうね、カタカナの名前の人たち)
12畳ほどの男性雑居房だった。入り口のドアに15センチ四方のガラス窓、室内は壁も天井も床も白で統一されていて、天井近くに明り取りの小さな天窓が一つ。奥にはドアのない小部屋があってステンレスの便座の一部が見えた。先住民は4人であった。壁側に備え付けられた木製の長いベンチに3人が横たわっていて、一人はさっきのいびき男(一見20才台で、私さっきハンバーガー10個食べました見たいな白人のトド)後の二人は横たわってお話していた(中年のマウンテンゴリラのような刺青二人衆)。残る一人は中央の土間にあぐらをかいて座り両手で体を抱き包み震えながら上半身を前後に揺らしていた中南米系のスーパーマリオみたいなやつ。(ヤクが切れたかぁー?)
入室しても誰も何も関心を示さなかった。寝てるやつはともかく、ゴリラもマリオも一瞬たりとも私に注意を向けなかった。
猛獣相手に油断は禁物とばかり、全身ガッチン、ガッチンに気合を入れつつ、ドア側の壁に背筋を伸ばしてお釈迦様のような格好で座り込んだ。
ゆっくりと周囲を何度も何度も観察した。お!トドの横に公衆電話のようなものが2つありますね。後は大小の張り紙がいくつかあちこちにある。文字の大きさで読めるものを見てみると
「保釈金にお困りの際は何々金融まで」とかがほとんどであった。
相変わらず外から聞こえる咆哮を、あれは他人と一緒にしておくと危険なやつを入れておく独房だな、隣は女性雑居房か、などと一通り内外の観察を終えた。
やっと冷静に自分の今後について考察する余裕ができた。明け方に入所したんだし初犯
だからすぐに出られるだろう、そういえば車はどうなったんでしょうか、あのまま置きっぱなしになっていることはないだろうからどこかにトウイングされていて引取りにいくんだろうなあ、罰金とか免許の扱いとかはどうなるのかなあ、等等まあ時間はいっぱいあるしじっくりね。の感じだった。
部屋には時計が無い。さっき午前3時30分だったからもう4時は過ぎているだろう。今は2月だから外が明るくなるのは、晴れていて朝8時過ぎか、などと考えていた。時間が分からないのはこういった状況では特につらい。何時になれば、また、あと何時間で状況が好転するのかといった確証が無い中で、その基準となる今の時間すら分からないのは普通の日常生活を送る人間にとって大変不安な要素だと再確認した。でしょ、ここは普通じゃないのよ、反省してね、つらいでしょ、不安でしょ、とそんなことも含めた意味での心理作戦だなと感じ、またしても感心してしまった。
気が付けば、隣のカナキリ声も独房の咆哮も聞こえなくなっていた。マウンテンゴリラたちもスーピー、スーピーちょっと思惑とは異なった寝息を立てていた。スーパーマリオは前後の動きを止めていた。
一応冬の最中ではあったが室内は暖房があるわけでもないが寒さを感じず、ゆるやかに時は過ぎていった。本当にゆるやかに。
喉の渇きを覚えなかったのと、便意、尿意を覚えなかったのは幸いであった。体験として便所を使い、お腹すいたよぅ、喉が渇いたよぅ、と訴えてみたい気も少しはしたができなかった。
長い長い時間だった。ようやく外が白々してきたらしい。朝だ。もうちょっとだ。と元気になった。
明るくなるのを待つとと同じくらい時間が経ってマウンテンゴリラの一人が呼ばれて出て行った。その後は多分30分くらい毎に、トド、マリオ、ゴリラの順に呼ばれていった。そして私以外誰も居なくなった。別に雑居房の留置場で独りぼっちになったからといって寂しく
も無いのだが変な気分だった。一人残されてしまった。からか?いやいや彼らは先に拘束されていたんだから順番じゃん、次はオレね。などと思っていたら新入りが入ってきた。
マイアミバイスに出てくる南米系のヤクの売人風の男だった。「私薬売ってます。ついでに打ってます」という感じのハリネズミであった。
(何だよ!挨拶も出来ないのかよ!けっ!新入りが!なんか文句あるのかよ!俺は文句ないけどよ)みたいななんだか分からない仁侠映画状態になっていましたね。不思議です。
するとしばらくしてハリネズミが呼ばれて出て行くではないですか!うそぉー。この瞬間に、順番だよ、待てばそのうち分かってくれる、大丈夫だ次は君だ、あと少しの我慢ね、と、考え考え希望を抱き、納得し、疑問を抱いてはそれを打ち消してきた今までの数時間がすーっと無くなった感じがしました。
俺はどうなっているんだ、順番じゃないのか、何が原因でそうなるんじゃ?早く出してくれ、今何時ですかぁー、と、ちょっと切れそうになりました。
これも作戦かぁ?留置場に居るみんなを使って俺一人に対する作戦かぁ?何の作戦じゃ?
初犯の飲酒運転に対してそこまでやるか?今までの全員バイトの効果さんかぁ?と本気で思いました。
ゆっくりゆっくり時が過ぎました。入り口にある小さな窓をずーっと眺めるようになりました。
人影が動き誰かが中をうかがっているようでした。すかさずドアに向かい注意を促しました。
ドアが開き係員が何でしょうか?と訪ねました。今何時ですか?みんな出て行って私一人なんですけどどうなっているんですか?と必死で訪ねました。
後で思い出しましたが、予定通り、お約束といったお仕置きの後のような情けない顔をしていたと思います。
そのときはほんとに必死で質問というか嘆願というか、お願いをしていました。
彼はファイルを眺めて、「今ぁ?10時ね。おお、もう出ていいころだね、だいぶ時間が経ってるね」とうっすら笑みを込めた顔で答えて去っていきました。
よっしゃー!わかってもらえたね。そうでなきゃぁー、とやっと元気になりました。
結局出所手続きのために呼ばれたのは、その後3時間以上経ってからでした。
結構精神的にぼろぼろになっていました。
反省を促すための過酷な懲罰なんですね。心理的にも肉体的にも疲れました。
10指の指紋を取るのだという。あーそーですか、どーぞ。とどんな指紋採集機器なのか
またまたわくわくした。読み取り機がどんくさいのか?担当がとろいのか?なかなか読み取りが進まない。
一つの指の指紋を読み取り画像処理する。同じ指を再び読み取って照合する。OKだったら次の指に移る。を繰り返すこの処理にはほとほと閉口させられた。マシンもダサいが、担当が下手でなかなか進まない。だんだんと読み取り時の要領を得てきたので
そのように指を動かすと注意された。バカ!
本当にバカであった。
好きにしろ!と思い作業にまかせていたら最後の右手の薬指と小指はどうにもならず、担当者は2度目の読み取りの際の照合がうまくいかないまま、最初のデータを無理やりセーブしていた。見たぞぉー!何にも言わないけど80%の個人指紋データしか登録しなかったな、お前!
ばーか!
その後は写真撮影だった。後ろに身長が分かるように横線が引いてある、ほら、映画やテレビでよく見かけるあのシーンのようなバックで写真を取られたわけです。
当然にこやかにピースはしませんでしたが、はい、チーズ顔をしたわけです。
初めてでした、写真撮影時に笑うな!と言われたのは。
はいはい、と、でも精一杯にこやかな顔で写ってやりました。
撮影後は所持品の返還があり、トウイング(レッカー移動)された車の引き取り要綱や、免許の扱いなどの説明書類、出廷要求同意ドキュメントなどにサインして開放された。
午後一時40分だった。

やれやれやっと終わったね。すごい体験だった。それにしても飲酒運転とはいえ日本と違って
大変なことになるのだなぁ、と何時間ぶりかのタバコを楽しみながら、しゃば、じゃ!と深呼吸していた我が身は、重ーくのしかかってくるその後の試練に何ら気付いていなかった。

続く
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by tedtoyama | 2005-03-09 16:40 | 日記

DUIぢごく その一

今日はカリフォルニアでの「飲酒運転そして逮捕」の体験をお話しましょう。
他州もあらかた似たようなものですが、カリフォルニア州で飲酒運転して捕まると、こぉーんなにも恐ろしいことになるだ。
アメリカでは酒やドラッグなどの影響下(酔っ払ったりラリっていることですね)での運転をDUIと呼びます。
さあさあ、蘇るがいい!DUI地獄の日々よ!
4年前の冬のある日、私は友人、知人の3人と夕食を共にした。場所はサンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを渡ってすぐの、サウサリートというサンフランシスコベイに面していてちょっと日本の熱海に似た感じのする小さな観光地の日本食「すしらん」だった。ビールとワインと日本酒を飲みながら寿司等をつまみ情報交換をした。
その後サンフランシスコ市内の飲み屋で水割りなどをちびちびやりながら情報交換や世間話を続けた。日付が変わる時刻が近づいてきたのでお開きにし、知人と別れて私は友人の住むサニーベールへ一緒に帰った。人間だけでは、と車にもガソリンを入れ、サンフランシスコからフリーウェイ101を50分ほど南下した場所にある友人宅に到着したころは午前1時を少し回っていた。
一瞬このまま友人宅に泊めてもらおうかとも思ったが、別に眠くもないし、フリーウェイを何事も無く運転してきた感覚の流れからか、それじゃといって帰宅した。
当時はサンタクルーズに住んでいたのでサニーベールから40分ほどハイウェイ17を南下することになる。峠越えの山道だ。
午前1時30分を過ぎても前に3台走っていた。下り坂を1/3ほど過ぎて自宅まで後15分ちょいかなあ、前は相変わらず3台で後続車はないねぇと思った瞬間!ホワーンと音がして後ろが一瞬きらびやかに明るくなってまた消えた。
ん?今のポリスカーみたいなと、よぉーくミラーで確認したら後ろになんか一台居る。
まじ?オレが?と思いつつスピードよぉーし、ふらつき運転なぁーしと必死で冷静に?あたふたしながら、でも酒飲んでるしな、やばいよな、とドキドキは増していった。
沈黙の1、2分があった。下りも半分を過ぎたころ、不安(止められたら終わりだな)とお願い(どうか、どうかこのまま)と安堵(何だ、何にもないじゃん)が交錯し、頭の中でこの三つが均衡した瞬間、今度は連続してホワーン・ホワーンと鳴り始め真っ暗な山道で後ろがカラフルにちかちかしていた。
すぐに車を路肩に止めた。
音と光を感知してから停車するまでは流れるような動作だった。ほとんど感情に変化は無かった。ほんの一瞬、ジェット機が髪の毛一本分の厚さの距離を進む時間くらいの一瞬、(停止警告を振り切り銃撃を受け死亡)(飲酒運転→逮捕→ブタ箱→前科一犯・・・いやじゃぁー!)と頭をチラと横切ったのは確かであるが、速やかに停車し質疑を受ける体制を取ることには何も影響しなかった。
見聞きしたマニュアル通りに、免許証、保険証、車両登録証を用意しつつ窓を開け運転席に座ったまま尋問を待った。
若い警察官が近づいてきてすでに用意してあった証明書3点セットの提示を求め、免許証を眺めながら言った。「あなたの車がフラフラ蛇行していましたので止まってもらいました。お酒飲みましたか?」
「はい。飲みました」と即答した。
答えた直後から次の質問が来る前までの間、さっきよりもちょっと長めの瞬間に(ミランダ協定ってなんかあったよなぁ、車線はみ出してたか?証拠あんのか?おまえは酔っ払ってないだろうな?うわぁぁ!でも私飲んでますぅー、いいもんね!もう捕まったも同然だもんね!とりあえず射殺は免れたかんね)と頭が体操していた。
「どこで、何時に、どのくらい飲みましたか?正確にお答えください」と聞かれた。
慎重に思い出し、ビール、ワイン、日本酒、水割りの量をグラスやパイント、ミリリットルなどと取り混ぜて告白した。
このときは答えながら必死に保身状態になっていたのを思い出す。
(嘘はいかん嘘は、偽証罪で飲酒よりもっと重罪だよな。でも飲んだ量をそのままお知らせしたら100年くらいの懲役なるんちゃうか?バカ、血中アルコール濃度次第だよ!飲んだ量と時間と身体の相関関係ね。えーっと何をどれだけ何時間前に飲んだらどうなんだっけ?うぉっぷ)
「それでは外に出てもらって簡単な身体状況チェックをしますね。両腕を肩の位置まで広げて片足で立って千から一万まで千単位で数えてください。目を閉じて30秒カウントしたら目を開けてください。などなど」
夜更けの真っ暗な山の中で一人「お前酔っ払ってるだろう?ん?ん?」チェックを受けた。
そらら個々の酔っ払い度お試しチェックを受け、いちいちの結果に明確な判断を下されることが無いまま最終の、息プハァーになった。
検査前、あんたも知っていると思うがBAC(血中アルコール濃度)値が0.08%未満だったら
お気をつけてお帰りください、以上だったらもー大変ね、と言われた。
(知ってます!でも息臭いですよ、いろんな意味で!と心中凄んでみた)
プハァー
ほれ見ろ!これはなんぼじゃぁー!コンマ・ゼロ・キューね。
その後の彼らの行動が迅速だったことといったらない。
後ろ手で手錠を掛けられポリスカーの後部座席に乗せられた。血液検査をしてもらいますが
それを拒否する権利もあります。どうしますか?と訪ねられた。
拒否した日にゃ今後に大きな影響が出ることは分かっていたので、すかさず、どーぞ、どーぞ
どこでも何でもしてください、状態であった。
手錠を掛けられた私は午前2時過ぎサンタクルーズ郡の病院へ連れて行かれた。

拉致された現場から15分の場所に病院はあった。
病院からサーフィンで世界的に有名な海岸まで数ブロックだと気付くのはもう少し後であった。

続く
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by tedtoyama | 2005-03-07 16:25 | 日記

ブロードバンドの普及を促すオンラインサービス

インターネットの普及となかなか同期が取れなかった米国内のブロードバンド化であったが、最近変化が見られる。DSLサービスプロバイダーの値引き合戦やケーブル業者のサービス多角化などの要因と共に、映像や音楽などオンラインコンテンツの広がりと新しいサービスの出現などがその理由と考えられる。
空港、図書館や公園などの公共施設、カフェなどでのWiFiホットスポットの急増もあるが、最近特に注目されるのが全米に数多くあるモーテルの環境の変化である。一昔前は「HBO(プレミアチャンネル)見られます」といった看板が目立っていたが、今では「高速インターネット利用可能」のそれが目に付く。都市部や観光地でのホテルではワイヤー、ワイヤレスを問わずブロードバンド利用環境が早くから提供されてきたが、現在ではモーテルにまで普及しつつある。これは一般的な米国人にもブロードバンドが普及してきた一つの傾向として見ることが出来る。
インターネット上で大容量の映像や音楽などのコンテンツを利用し始め、急速に広がっている様子だ。

先日会員数が300万人を越えたと発表したTiVoは「TiVo-To-Go」で録画したデータをPCに独自のネットで配信するサービスを発表している。将来的にはインターネット経由で利用可能としているが、すでに似たようなサービス提供者が次々と出現し始めている。
エメリービルにあるOrb Networksは「Orb Media」サービスを開始した。自宅のメディアセンターPC(XPはベータ版)からブロードバンド経由でモバイルデバイスにコンテンツを配信する仕組みだ。PCにTVチューナーがインストールされていれば一般のTV番組の配信も可能だ。現在利用可能なデバイスは、ポケットPCやMSのスマートフォン、メディアプレーヤーかリアルプレーヤーが使えるブラウザー利用可能な携帯電話などである。月額$9.99または年間$79.99で利用でき、ユーザーの追加は月額$3.99または年間$29.99で提供している。

また今年のCESでも話題になっていたSling Mediaもその一つだ。サンマテオの同社が今年半ばに発売予定のSlingboxは、自宅で受信しているTV番組をストリーミング配信するセットトップボックスである。


外出先のノートPC(XP)からブロードバンド経由でSlingboxにアクセスし、世界中どこに居ても自宅のTV番組を楽しむことが出来る。CESではTiVoのリモート操作が可能なこともデモしていた。
発売予定価格は$249で月々の料金が不要のため人気が出そうだ。ただ米国ではブロードバンドとは言ってもアップロードのスピードは256kbpsくらいが主流なので、これで満足なストリーミングが出来るのか少し不安ではある。
いずれにしても米国ではCNNやキー局の番組を除いて、他州などの地域で自分の住む地元の番組を見ることは出来ない。外出先で自分の好みの番組を見られるのは魅力だ。同様に他州にあるスポーツチームの試合は、そのチームが自分の住む地域で試合がない限り見ることは出来ない。こんなときシアトルに住む友人宅に設置したSlingboxから自分のPCのアカウントにマリナーズの試合配信が廉価で出来たらもっといいのだが。
Sling MediaはPDAや携帯電話での利用も計画している。

こうしたサービスの出現やデジタルコンテンツの拡大が、遅れていた米国のブロードバンドの普及を後押しし始めた。
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by tedtoyama | 2005-03-05 17:34 | インフラ

あったかいとこ

さきっちょンとこにネットカフェが来て、ベトナム全土が〇ッテング状態だから
2ヶ月で「ちぅー」だとぉ?
素敵ですね!青春ですね!ネットカフェですね!

ちょっと違ってましたか?
(カリフォルニアで読者急増中につき、近日中に対応願いたく
どーしましょ?)
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by tedtoyama | 2005-03-05 17:21 | 日記

もう少し待てば何か変わるのかな?

もぉー!いっつもなんですよ!
JLPGAのウェブサイトは。
決勝ラウンドの最終日を追っかけていると、大体後半に差し掛かったあたりで
この後はTV中継でお楽しみください、となる。
カリフォルニア、シリコンバレー(も含め日本国外)で楽しみにしているファンに
インターネットでの情報もリアルタイムに出せんのか?
と、憤るわけですね。
とても悲しい現実です。日本の、それもLPGAサイトだけとは言いませんが
こんなことしているとこはほとんどないですから。
何でですかね?

相変わらず、
「まったくオープン」だよ、誰からも見られ、どこからでもどうぞ、
何でもアクセプトし、でも同時に好き嫌いは言わせてもらうよ]
と言った流れが全然ないみたい。

ガ島通信さんがその世界を去ろうと決心したのも分かる様な気がします。
唐突ですが。
鶴ちゃんも嘆いていましたね。

ニッポン放送×ライブドアの話題に急遽飛びますが、同じことのようです。
鶴ちゃんがこういう記事を載せる毎日新聞はいい会社だ、と言ってました。
数日前の同紙に、西氏が書いた記事にはちょっと失望していたので(鶴ちゃんも、多分)
良く理解できます。

今日はDUIぢごくの話をしようと思ってたのがはずれました。

白い巨塔メディア、周波数分けろよ総務省、KDDIと稲盛氏とアメーバ経営+ソフトバンク
など話題目白押し状態です。

それでは!また後日。
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by tedtoyama | 2005-03-05 16:50 | インフラ

トラフィック・チケット -1-

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違反切符もらったっす。
スピード違反で、30マイル制限の道を18マイルオーバーの違反だったそうですな!
朝10時前につかまってしまった。
「春は3月ぅー」などと口ずさみながら、いい気分だったのに。

最近4年間は米国・カリフォルニア州道路交通法違反「ゼロ」だったのだが。。。
後ろのライトと警告音に気付いた瞬間記憶が蘇ってきました。
世にも恐ろしいDUIぢごく。。。
辛かった!
もう二度とあんな思いはしたくない。

知りたい?
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by tedtoyama | 2005-03-02 16:47 | 日記