DNAのある所


北海道での独り言
by tedtoyama
自己紹介
男 
1996年から11年在住した米国シリコンバレーを後にして、2006年9月から北海道に移住。
パートナー2人と共に新しい生活を始める。
生まれて初めての北海道。
期待いっぱいで突進だ。
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在外日本人ネットワーク

時事通信社の湯川氏(このヒト数年前までシリコンバレーに居て一緒に飲んだことあるのですが、今や日本で本を出したりTVに出演したり、すっかり有名人のようです)のブログで見つけた「在外日本人ネットワーク」に参加してみた。
福岡のプロジェクトらしい。非常に面白い試みであると思う。
もうすぐβ版がスタートする。
一参加者として、またモニターとして応援して行きたいと考えている。
こういった試みはブログのみならず、ソーシャルネットワーク、メディア、コンテンツなどを取り込んで今後試行錯誤しつつ急速に発展するはずだ。

あれま!
さっそく北米地域のブログエントリー見てみたら、Ayaさんいるじゃないですか!
私のエントリーの59分後に。
ちょっとうれしくなりました。
ここら辺だけ酒臭いというか、悪夢っぽいというか、ネットワークですね。
心温まるひと時でした。


ちなみに主催のTIAOのMAOさんには、私のブログの「インド人の散歩」が受けていたような。
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by tedtoyama | 2005-04-29 12:58 | 在外日本人ネットワーク

うわぁー!

月、火と仕込みなんぞでのんびりしてたら大変なことになった。
月末に仕事が押し寄せてきてしまった。
うすうす感づいてはいたが、敵もなかなかやるもんだ。
トラフィックスクールのオンライン入学も忘れてたので、今夜するし。
記事と、月例レポートも溜まってるし。
あげくに今日本から電話があって2時間でレポート出さにゃいかんし。
仕事するだ。
でもブログってるし。
あっ!
こんな人もいるんですね、というニュースを見つけた。
任天堂のDS持ってスカイダイブ。4人でスーパーマリオをワイアレス対戦?
時速190kmで落下しながら120mの距離でも対戦できたと興奮しながら
語っていた。(カリフォルニアです)
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そりゃ!
仕事、仕事。
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by tedtoyama | 2005-04-28 13:34 | 日記

仕込みは続く

NYの高級日本食レストラン「Megu」が2店舗目を出店するそうです。それもおんなじNYの、しかも5番街にあるトランプタワー1Fに。
例のトランプ氏に請われて、だそうですね。たいしたもんだ。
客席数280のMegu一号店は、月商ワンミリオンを超えている。
来月からはランチも始まる予定だがディナーだけでこの売り上げはすごい。
さすがにNYか。
月商1億円超をディナーだけで超えるとなるとチップは月に17万ドル以上になる。
TantoやKeigetsu、Blowfishなどの月商を軽く上回るチップになっているわけだ。(いいのかなぁこんなこと書いちゃって)
通常のレストランでは客席数20人につきサーバー1人を配置する。Meguは高級らしいので、サーバーの数を倍として約30人と推測。チップの約30%はシェフなどキッチンスタッフに分配される(一般的に)として、サーバー一人当たりのチップ(キャッシュ収入)は月に$4000になる訳ですね。すげぇー!
★居酒屋Tedの寿司メニュー★
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などと、くだらないことをちらと考えながら今日も仕込みをしてます。
ラスベガスのハードロックカフェのノブには行った事(スポンサー付きで)あるけど高額だったですね。感想は、どーでもよかったなぁー。
ビバリーヒルズの松久は値段はそこそこ(ノブの35%くらい、Keigetuと一緒くらい、Tantoの2倍くらい)でしたがやはり出てきたものはどーでもよかったなぁ。
私の場合夜のメニューは酒のつまみでしかないので、お金かけるんだったら酒だね。
でも毎日の友達だから、そのお酒も廉価がいいですね。長く付き合いたいし。
今日は計画を逸脱してトンポウロウなんかも作っちゃいました。チャーシュー用のお肉探してたら、角煮にぴったりのお肉があったもので。
あっ!急に麦とろごはんが食べたくなった!
こっちでは自然薯が手に入らないので大和芋や長芋系で作成するしかない。
明日は麦飯だ。
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by tedtoyama | 2005-04-27 14:15 | 居酒屋Ted

居酒屋Tedの仕込み

昨夜遅く日本の友人から電話があり、新しい会社を立ち上げることになったのでシリコンバレーからの後方支援を依頼された。
新しいことが始まることに異常にコーフンする性質なので、話をしていて異常にコーフンした。それに関わる事ができるのもうれしい限りだ。
ただ、電話が鳴ったのは「救急病棟24時」を見ていた時だったので少し悲しかったのも事実です。
あれやこれや思いを巡らせながら飲んで、オレンジ食べて寝ようと冷蔵庫を開けた時、ちらと何か感じたが、さっさと食べて気絶した。
今朝コーヒー入れながら画面の前でぼーっとしてたらふと気が付いた。冷蔵庫の中の様子がなんとなく違う。早々チェックしてみた。
数ヶ月、数週間ごとに作り置きしている数々の残りが後僅かになっていた。
今日明日は仕込みをせねばなるまい、と考え仕事に出かけた。
午後2時30分に一旦家に帰り計画を立て再び仕事に出かけた。
月曜日の今日は、ジンジャー・サラダ・ドレッシングとそばの「かえし」、明日は、洋風照り焼きソースと和風照り焼きソースにチャーシュー、を仕込むことにした。
お気に入りのジンジャー・ドレッシングと洋風照り焼きソースは米国で学習した。コネチカットとニューヨークでシェフをしていた方から教わった。
そばの「かえし」とチャーシューは独学、和風照り焼きソースは昔日本で学習した。
サラダ・ドレッシングはそのまんまだが、和洋各照り焼きソースはいろいろ使える。
そばの「かえし」もそうだ。10日から2週間くらい経た後の「かえし」を使って、出汁で薄めたそばや、うどんのスープ。ざるやつけ麺、おでんなど煮物、その他丼物にも使える。和風照り焼きソースも同様な利用が可能だ。
チャーシューはラーメン、チャーハン、冷やし中華、サラダなどに利用できる。
今日は少し残った「かえし」を出汁で割ってうどんにしよう。ごぼうと玉ねぎ、ニンジンとねぎのかき揚作って。
ご飯が少し残っているのでおにぎりも作りましょう。
おかか・梅にぎりと塩しゃけにぎり一個ずつ。
浅漬けのなすを添えて。
明日の仕込みは少し時間がかかるなぁ。
居酒屋Tedの開店は水曜日以降になりそうですね。
店酒?は毎晩飲んでますが。
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by tedtoyama | 2005-04-26 14:46 | 居酒屋Ted

反日デモで思うこと 1(その2はいつかわからん)

大酒飲んでへろへろしてたら、親子で国際情勢に真摯に取り組んでいる立派な方もいらしたのでちょっと経験談を踏まえた想いを少々。
中国の方、韓国の方を中心として、わけのわかんない人たちも混ざっちゃってLAでデモがあった反日問題ですね。中国では遅ればせながら政府が動き出し、沈静化に向かっているようですが。
日本の教科書の歴史的事実に関する表記に対しての憤り、政治家の靖国参拝に対する憤り、領土問題、挙句に戦後賠償問題へと多岐にわたる「いちゃもん」が存在しているようです。
悲しいことです。日本も中国も韓国もなさけない。
1. 日本の情けなさ
自国の青少年育成のための教科書です、正確な史実を言葉足らずにならず、表現にとらわれないで記述してほしい。検定ごと、出版社ごとに表記量や表現が大きく変わるのはおかしい。義務教育期間(高校も同じかな)の学校=教科書=教師は、あまり選択の余地がないのだから。文部省教科書検定要綱に、表現方法はできるだけ諸外国を刺激することなきよう、とあるのはおかしい。これこそわけわからん。

社会に出てつくづく感じたことがある。近代から現代までの歴史こそじっくり学ぶ必要があった。私の世代の10人中10人が答えると思う、近代史なんて3学期になってからはしょっていたのでなんだか煙に巻かれたように授業が終了していた。これじゃあだめだ。経済活動を中心とした近代、現代史こそ一番必要なのだから。

靖国?問題視するのがおかしいのでは?

戦後賠償?しっかり歴史を学びましょう。
政治と教育、しっかりしてくれよもぉー。メディアも悪い。マッチにポンプ報道はやめた方がいい。
小学校のころ地元の子ども会の会長が自衛隊員で、夏休みに一日体験入隊する機会を得た。すばらしい体験だった。ただその日が8月15日だった。新聞が大騒ぎし多数のメディアが取材に来て私もインタビューを受けた。彼らの思惑や興味がわからなくも無かったが、私にとっては何の意味も無かった。大騒ぎだった。隊員の生活やヘリでの救助活動体験
豊かな食事など、いい経験だったがメディアのおかげで記憶の中では汚点になった。

2. 中国、韓国の情けなさ
  
出張で韓国滞在が続いていたころだった。時間を見つけソウル半日観光のバスツアーに出かけた。日本人観光客向けとその他(英語ガイド)の2つの車に分かれていた。その他に便乗してみたが、日本人向けのバスと数箇所同じ場所で出会った以外は別々のルートだった。私にとっては結構強烈な場所だらけだったがいい勉強になった。日本が歴史的に悪者だった。終点でバスを降り、ガイドが一人一人の母国を尋ねながらさよならを言う段階で、私が日本と答えると明らかに怪訝というか、嫌だわこの人、という顔をしていた。

通訳を兼ねた韓国人と胸襟の仲になった(と思った)。彼の家族も紹介してくれ、いろいろとお世話になった。私が、仕事に関係ないところの支払いは割るか、私持ちでお願いします、と言うとそういう日本人は珍しいですと笑っていた(この辺は日本人の商売人が悪いですね)。しかし彼は夕食時から2次会3次会の間(そとづら)はビジネスマンであったが、いつも誘ってもいないのにホテルの部屋までビール掲げて付いてきて、午前3時ころまで話していった。最後の話題は常に伊藤博文か豊臣秀吉だった。興奮してましたねいつも。怒ってました最後は。
かなり本気で、歴史認識もうつろなまま、私あやまりますか?と聞いてしまったことがあった。酔ってたし、もういやだったし、警察の尋問のようだったし、そう聞いた。そしたら「あんたなんかにあやまってもらってもどうしようもない」と言われた。
日本の現代文化、製品は好き、でも日本人は大嫌い、の極めて特異な構図の真っ只中だった。

日本と韓国は、1965年に佐藤内閣と朴政権が日韓基本条約を結び、日本が総額8億ドル以上の経済援助資金提供をする代わりに韓国側は一切の対日請求権を破棄することを確約している。
1951年に米国と締結したサンフランシスコ条約と同じである。
戦後の日米外交はここから始まっており、その後その都度、あの時(対戦時)はどうも、といったことでは口火は切られていない。個人の思い(これが中韓で大きくそれぞれの政府も手を出したがらないので問題なのだが)はいろいろあるのかもしれない。でも韓国の教科書と家庭教育の中には反日教義が多くあるのも事実だ。彼らはそれを反日感情から昇華させてしまっているようにも感じた。

中国、深センから車で数時間の東莞で軍票を見せられた。香港出張で半年行き来していた場所のひとつだった。何とか時間を見つけ地元の民家を数件訪れることができた。香港での知り合いに頼み、遠縁や知人を紹介してもらって田舎を訪問した。そんな中一軒の老夫婦の家でお茶をご馳走になっている時だった。おばあちゃんがいきなり奥に去り再び戻ってきて私に紙切れを沢山見せた。戦時中の軍票だった。
おばあちゃん、おじいちゃん共に、ゆったりと私を出迎えてくれ話をしたが、この時言葉に詰まったのは確かだ。おじいちゃんは左の肩の後ろを見せ、戦争の傷ですわ、と言った。こんな傷で終わった私は運がよかったです、戦争はよくないですと言って笑った。相手は日本軍ですか?と聞くとおじいちゃんはただ笑っていた。おばあちゃんは、ほんとに昔話になったですね、あなたにこれを見せたのも私にはよくわからない行動だったのです。突然ごめんなさいね。でも始めて日本の人に戦争の話ができました。あなたのおじいちゃんかお父さんの時代なのにね。すべては戦争が悪かったのです。人が悪いのではありません、と言っていた。私はお茶をご馳走になりながらなぜか泣いていた。
戦争の話を聞きに言ったのではないのだけど、いつの間にかそんかになっていた。その家の若夫婦(といっても50台半ばであったが)は、私たちがお伺いした際に顔をちらと合わせたが、その後最後まで姿を現さなかった。おばあちゃんがぽつりと言った。あの子達も孫たちも日本人は嫌いなんです。

教育と政治なのかなあ。
中国とは1952年日華平和条約が結ばれている。さらに1972年日中共同宣言で国交を正常化し1978年には日中平和友好条約が締結されている。1952年のそれとの違いは、締結先国の名称が中華民国その後の中華人民共和国の違いである。共同宣言時に、韓国と同じく国際ルールにのっとり、戦後賠償の完全放棄を宣言しているのだ。
上海の国際空港が日本のODAでできたと言っても中国人のほとんどは相手にしてくれない。
数年前、サンフランシスコで前述の日米条約50周年記念行事があり、当時の田中真紀子外相が訪れた。SFOのオペラハウスでだったが、デモはやはりあった。日本軍南京大虐殺で300万人を殺す、のプラカードを掲げて。
当時の南京の人口の10倍以上の人が殺さたことになっていた。
情報だけがどんどん一人歩きしているみたいだ。誰かの後押しと共に。
そんな中国だけど何故か好きなんですね。憎めないというか、そんなに意識するくらいってほんとは気があるのかなって。
なんか全部子供みたいで。

デモはやめましょうね!。
飲めばわかる!(と思う)
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by tedtoyama | 2005-04-25 15:07 | 日記

行き倒れの人生

昨夜は楽しい夜であった。飲んでる時は。
新しい出会いとうまい酒、ビール飲んで日本酒飲んでそんでもってシーバスを飲んでいたらしい。
考えたら昨日はほとんど何も食べていない状態で飲み会に突入していた。
初めて出会った人たちは、それはそれは爽やかで素敵な飲んべぇだった。
お酒と会話で忙しく、つまみもそこそこで酒だけが酔酔?減っていった。
久しぶりに有馬ちゃんの寿司でも食べようと計画していたのだが、頓挫した。
それにしても店に迷惑だったなあ?とちょっと思ってしまった。
大きな声で、「雑居房がね」とか「保釈金がさあ」とか「前科わぁ」とかやってたわけで、寿司バーのお客さんが怪訝そうな目で、ナニモノ?と気にしていた。
周りの客の目を酔眼ビームで跳ね返し、酒席は盛り上がっていった。
MTVで飲みなおそう、ということになり、3人とも初めての店に向かった。
このあたりで、空腹時の酒類大量摂取によるメモリー破壊がじわじわと進行しているのに、本人は何も気付いていなかった。
2件目でも大いに盛り上がり、歌ったような、たくさん飲んだような、いっぱいしゃべったような、全体的にような状態になっていた。
気分よく酔っているときは、SRAMはスリープしDRAMも電源供給が途切れがちになる。昨夜は頼みのキャッシュも働かず、どうやらスリープモードの裏タスクで本能ドリンクしてたですね、この酔眼おやじは。
閉店まで居たんでしょうねきっと。皆さんとさよならした記憶がない。
ぽんっ!とDRAMに灯がともった。
MTVのダウンタウンをふらついている。
あれま!
なんだなんだ?どうしたどうした?ここは?おおMTVのダウンタウンだ。で、何してるんだっけ?飲んだ後にお家に帰るだよと、4MHzくらいのスピードの酔脳は揺らいでいた。
背筋がぞくっとした。「駐車した場所」の12バイトが抜け落ちていた。ひたすらMTVの街をうろついた。雨が降ってきて寒い、震えながら車を探し歩いたが見つからない。
とうとう郵便局内で暖を取り、行き倒れになった。
気が付いたら午前5時を回っていた。MTV郵便局で床に寝ていた。
32MHzにまで復活した頭は、菱和の近くの駐車場ビルを指示していた。
あったですね!車が。
冷え切った体を震わせながら帰宅し爆睡した。バカですね。
3回目だわ。行き倒れたの。
サニーベールのセーフウェイ脇のベンチで目覚めたのと、SFのジャパセンでホームレスと添い寝して以来です。
香港と韓国を含めると5回目かぁ。
身包みは無事でした。
今日は香港の蝦子麺を食べてからやっぱり飲んでます
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by tedtoyama | 2005-04-24 14:53 | 日記

KTSF

まーた泣くだわ、TV見ながら、きっと。
最近のKTSFは日本のように韓国ブームのようだ。
今度は「天国への階段」だって。(ツェッペリンかぁ?)
今日午後8時から始まったそれを見ながら綴っている。
「オール・イン」の時は結構泣けた。「大長今」の時はほぼ毎晩泣いた。
香港で大人気のようですね。香港系新聞の星島日報がよく取り上げているし。
貧富・育ち・階級・家族環境などの差異を基盤にした男女の生い立ちを背景に、比較的キャラクター設定がハッキリした登場人物たちが、勧善懲悪結果オーライ・純愛不幸の愛染かつら(わかります?)・苦節十年来るなら来い・プルコギ、サウナ、ざざん麺てな感じ(どんな感じかは真路?)で非常にわかり易い。
シンプルだが泣ける。
今日の第1話で感じましたね。第3話くらいから泣き虫になるなと。
可憐っぽい少女と意地悪っぽい少女、純粋で固くなっぽい少年と、豊かで世間ずれっぽい少年などが入り交じり、第一話はいずれも、っぽい、状態で終幕した。
うるうる来るぞと、ピン?と来た。
来週は毎日午後8時過ぎ、グラス片手につぅーらつら涙流してそうですね。
小さいころからTVを、見る時は見る、見ない時は見ない、当然TV見ながら何かをするといったことはなかった。また、それは嫌だった。
母と一緒にTVの前で固まっていると、父と妹がちょろちょろしてた。
TV見ない人はちょろちょろしないでと、いつもステイ(父にはステイ・プリーズ)、と怒ってたなあ。当時は日本語だったが。
集中して下さい、たとえ作り物のTVとはいえ、私たち母子はその世界の真っ只中にいるのです。
ちょびちょびすなぁー!
明日は外食というか、飲み会なのでビデオ撮っとこ。
明日中に帰宅できるか今のところ不明なので、第2話以降の感想は週末後かな?
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by tedtoyama | 2005-04-22 14:10 | 日記

罰金払った外国人

結局どこに行っても飲んだくれてた外国人は、住処のサンノゼに戻ってきた日も、いやぁー疲れた疲れたと言いながらワインを飲みましたね。
米国ワイン産地第二位のワシントン州のもおいしかったけど、やっぱりいつも他州から帰るとお決まりの様にカリフォルニア産をたっぷり飲んでしまった。
しかしながら、お洗濯物溜まってますな。いつになるやら。
今日夕方、午後4時に閉まるという罰金支払い所に出かけた。パロアルトの地方裁判所がある建物内の2階にその窓口はあった。
3月1日に拿捕され、5月18日支払期限のお知らせがあったので罰金支払いに行った。
スピード違反のチケットは2度目だが一回目は昔ワシントン州で罰金を郵送しただけだったので、今回も駐車違反のようにお気楽モードだったらなにやら仰々しいメールが届いた。
郵送はやめて支払い現場?に出向くことにした。
よく読まずに放っておいたドキュメントを持参した。罰金$192.50、トラフィックスクール$206.50とあったので$399のチェックを切って窓口に行ったらどちらかの金額でいいと言う?
こりゃよかった、と思い、それじゃどっちにしましょか?と聞いたら、学校入りたいですか?と聞かれた。
トラフィックスクールなんかに行きたくないけどよぉー!と思いながら、また来たな!いつもの米国問答が!と思いちょっとにやっとしてしまった。
保険に入る時もそう、入国直後の免許取得時もそう、ソーシャルセキュリティー、
クレジットカード等々。
朝ごはんの卵の調理法や、サラダのドレッシングの種類選択と同じく、いっぱいいっぱい選択肢がありますね!どれにしますか?状態です。
どういった組み合わせがいいですかねぇ?今の私にとっては?
と聞くのはやぼである。
責任は私にあるのであって、何を選んだとしてもそれは私の選択だから、という今でも多少困惑するような判断を迫られる。ちょっとは何かに甘えたい時もあるでしょうと未だに思う。
だから、何かお勧め、例えば今の状況にフィットした何かがあるでしょう?と言えばコンサルティングを紹介しましょう、と言われる。
もぉー、ふんとに!
挙句に、ところでフィリピーノ?いいえ、コリアン?いいえ、ベトナミン?ちがいますっ!と答えたら、ふうーん、で終わった。
まだあるだろうが!!!
さて、トラフィックスクールに入学しましょかね。
$33の追い金払って。
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by tedtoyama | 2005-04-21 15:09 | 日記

シアトル便り3+帰宅

まあ結局は、お嬢様の好物ばかりの料理を私が作るから摂取量が普段の倍以上になってしまい、一緒にいると危険すぎる、という意味らしい。
年頃の娘だし悩みはいろいろ尽きないのだろう。
それにしても家族同然の付き合いとはいえ、女性にあんなこと言われるとちびりそうになりますね。
土曜日はスペック君とエドモンズの海べりを散歩したりして、友人夫婦が戻るまでとても緩やかな時間を過ごした。昼寝もしたし本も読んだ。
午後8時過ぎに無事帰宅した友人夫婦は、LA経由メキシコ近辺海の旅を相当満喫したらしく、たいへんアップテンポだった。
日曜日の昼食に再びチャイナタウンに出かけ飲茶を楽しんだ。前夜は早めに就寝したので、この場でいろいろ土産話を聞くことができた。
乗客が2000人以上のクルーズだったとか、船の製造元が三菱だったとか、津波さながらの大波が来たとか、3ポンドのステーキ完食したじいさんがいたとか
メキシコで本物のテキーラに出会って(本人いわく)開眼したとか?
良い旅だったようでこちらもうれしくなった。
夜は友人たちを新居に呼んでパーティーだという。それじゃ、それを宴会に?しようと私も一役買って出た。
洋・中・和混在で華やかになった。おでんの残りも入れちゃったちゃんこ鍋と、巻き寿司各種(ドラゴン、とび子カル、うなアボ、そして鉄火と納豆、おしんこ、かっぱ)を作りみんなで飲んで楽しい宴会になった。
結局ここでも毎晩飲んだくれているなあ。
翌月曜日は、お嬢様とUWへ行った。彼女が授業を受けている間、はるか昔に住んだ場所を探してみた。なぜか住所を覚えていたのでU・ディストリクトのその場所はすぐ見つかった。初めての海外、初めての米国での生活がスタートした場所はそのままの状態で目の前に現れた。ぜんぜん変わっていない。今も当時のように、蛆がわきそうな野郎たちの住処なんだろうか?
UWからの帰りがけに、ビルゲーツお気に入りのバーガーショップに寄った。
Dicksというハンバーガーショップで、彼はここが大好物である。数年前サンノゼのテックミュージアムで行われたパーティーで、彼と数秒話すことができた時にこのバーガーショップを話題に振ったら驚いていた。
(結構知っている人少ないので)
その日の夕方と翌日の朝、ちょっとだけ仕事をして帰宅の準備をした。
空港へ向かう途中、ウェストシアトルのアルカイビーチに寄って軽い昼食を取った。
エドモンズとともに好きな場所だ。柄にもなく写真を撮って空港に向かった。
また来ますね。
私の故郷だから、アメリカの。
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by tedtoyama | 2005-04-20 14:35 | 日記

シアトル便り 2

スペック君はとても元気だった。10歳越えていますけど。
仰向けにひっくり返ってお腹を出し、腹部さすりさすりお願い!状態で出迎えてくれた。
早速新居の探索をした。4ベッド、3バス、2リビング/W暖炉そして広めのキッチンと、なかなかいい具合だ。ロスアルトスあたりだったら1.5ミリオンくらいの物件だろう。ここでは1/3以下だけど。
バックヤードはちょっと広めのバレーボール・コートくらいだった。
水道の水をチェックした。相変わらずうまい。空気も水も自然がたっぷりだ。シアトル、特にダウンタウンではカリフォルニアとそう大差ないが、ちょっと離れるとさすがにエバーグリーンステートである。うれしい限りだ。
水道の水がまずいとは言っても、こじんまりとした港町のシアトルは、エメラルド・シティーと呼ばれるのにふさわしく、ひねもす・よもすがら?美しく、情緒豊かな雰囲気を醸し出してくれていた。夜のI-5を北上しつつレイクユニオンやクイーン・アンの丘陵を眺めて一句詠っちゃったくらいだし?
「水辺の灯・遠退く街に・消える波」
ビールとワイン飲みながら、スペック君、お嬢様と夜遅くまで語り合った。
翌日のブランチはチャイナタウンで飲茶を楽しんだ。午後2時からアルバイトがるお嬢様を送った後、Fry‘sやランチマーケットなどカリフォルニアからの進出企業を探索した。
スペック君と散歩した後ウォーターフロントにクラムチャウダーを食べに行った。シアトルを挟んで北側のエドモンズから25分くらいの距離だが美味しいからいいんです。
アイバーズ・エイカーズ・オブ・クラムスという名のお店は1938年創業でクラムチャウダーならここ、と言われているらしい?
ワインとクラムチャウダーでほろ酔い気分になる。椎名誠のエッセイを片手に。
一番海沿いのアラスカン・ウェイに位置している。
ここから数ブロック北のセカンドSTにあるブルックリン・シーフードも捨てがたい。
天気がいい日のブランチは、ウエストシアトルのアルカイビーチにあるソルティーズなんかもお勧めだろう。ディナーでもいいかも、シアトルの街灯りがきれいに見える。
パイクプレースマーケット内にあるアセニアン・インもいいけど、映画「めぐり逢えたら」でトム・ハンクスがここで食っちまったためにいつも込んでるです。
明日は友人夫婦が帰ってくるので楽しみだ。
夜10時にお嬢様を迎えにいって帰宅した。
帰って肉じゃがとほうれん草ゴマ和えを用意し、昨夜の残り物のおでんも添えて夜食とした。今夜は焼酎を飲みながらおでんをつついていると、お嬢様が同じく肉じゃがをつつきながら突然言い放った。
「私はあなたと一緒には暮らせないわ」????もひとつ?
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by tedtoyama | 2005-04-17 17:15 | 日記